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八重の桜あらすじチェック☆ [ドラマ]

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いつもご訪問いただき、ありがとうございます♪

いよいよ新たなる大河ドラマが始まりますね♪

今回の大河ドラマは「八重の桜」です。
放送開始は2013年1月6日から。
全50回の放送予定です。

「八重の桜」のあらすじをご紹介しますね☆
ぜひチェックしてみてください♪

今回のヒロインは「綾瀬はるか」さんです。
とっても可愛らしい彼女の演技が楽しみです☆


●綾瀬はるかさんが演じる新島 八重(にいじま やえ)とは?

会津藩の砲術師範役の山本権八、佐久夫妻の子として生まれ、
戊辰戦争時には断髪・男装し、会津若松城(鶴ヶ城)籠城戦で
最新銃・スペンサー銃で激戦に参加したことから、後に
「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれます。


但馬出石藩(現・兵庫県豊岡市)出身で
会津藩校日新館の教授をつとめる川崎尚之助と結婚しましたが、
戦争前後に別れました。


戦後、京都府顧問として活躍していた兄・覚馬を頼り京都に向かい
そこで同志社大学創立者となる新島襄と
「運命的な出会い」を果たし結婚をしました。


「女は男に従うこと」が当然とされた時代、豪放で周囲からは
勝手気ままに見える八重の生き方は世間から
「天下の悪妻」と言われました。


日清戦争、日露戦争では、篤志看護婦として傷病兵の救護に奔走し、
そのの功績により、昭和天皇の即位大礼の時には銀杯を下賜されました。

その4年後、86年の生涯を終えることとなります。


明治元年(1868年9月)。板垣退助率いる新政府軍に対し、
最新のスペンサー銃を鶴ヶ城から撃つ女性。
山本八重、後の新島八重(23)。


会津藩の砲術指南の山本家に生まれた八重は、
広い見識をもつ兄の覚馬を師と仰ぎ、裁縫よりも鉄砲に興味を示し、
会津の人材育成の指針

“什の掟”(子弟教育7カ条)「ならぬことはならぬもの」

という理屈ではない強い教えのもと、会津の女として育ちます。
 

八重が17歳のころ(1862年)、会津藩主・松平容保が徳川家より
京都守護職に任命されたことで会津の悲劇が幕を開けていきます。


兄・覚馬らは西郷隆盛率いる薩摩藩と禁門の変で長州軍を
下しますが、薩摩の寝返り、日和見主義の諸藩の動きの中にあって
忠義を貫く会津藩。


しかし、鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は敗れ、会津は新政府軍から
「逆賊」として扱われるようになります。

新政府軍との力の差は歴然で女性や子どもを含め、
多くの仲間が次々と死んでいく中、鶴ヶ城籠城戦で男装し、
自ら銃を持ち夫川崎尚之助とともに最後まで奮戦した八重。


白虎隊隊員の無念の死や、夫との別れを経て、会津戦争の敗北を
自らの中で受け入れていきます。

途方もない喪失感の中、
八重はそれまでの生きがいであった鉄砲を捨てます。


逆賊、時代遅れ…そう世間に罵られ、
八重と会津の仲間たちは新たな生き方を模索します。


再び兄の導きにより京都へ、
そこで「知識」という新たな生き甲斐を見つけます。


鉄砲から知識へ。

手にする武器は変われども、女ながらも
「ならぬことはならぬもの」と会津のプライドを貫く八重は、
京都でも存在感を増し、アメリカで西洋文化に触れた青年
新島襄をも魅了、結婚します。


封建的風潮の残る中、男女の平等を望む八重は西洋帰りの夫を
「ジョー」と呼び捨てにし、レディーファーストを取り入れます。

その奇妙でおかしくもある夫婦関係を世間が罵っても、
八重はまるで気にしません。

その生きざまを夫は「ハンサムウーマン」とよんだそうです。


日清、日露戦争が起こると、会津戦争の原風景が残る八重は、
仲間とともに篤志看護婦として名乗りをあげます。

戦場に女が行くなど考えられなかった時代、
八重たちは果敢に行動していくというストーリーとなっております。

さてさて、とっても楽しみな「八重の桜」ですが、事前にガイドブックを見ておくと
もっと楽しくなりますよね♪



ぜひチェックしちゃいましょう!!

最後までお読みいただき、ありがとうございます♪




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